商品の価格・種類などは取材日のものとなっています。
札幌かに本家 岡崎店の場所
| 店名 | 札幌かに本家 岡崎店 |
|---|---|
| 場所 | 〒444-0059 愛知県岡崎市康生通西3丁目26 |
| 定休日 | なし |
| 営業時間 | [平日] 11:30~15:00 | 17:00~22:00 [土日祝] 11:00~22:00 ※ラストオーダーは閉店時間30分前 |
岡崎店はシビコ向かいに位置し、名鉄名古屋本線・東岡崎駅から名鉄バス「康生町」下車でアクセスできる立地です。平日は昼と夜の二部営業、土日祝は通し営業に近い形で長く開いており、しかも1〜2名用個室から40名まで利用できる広間まで備え、慶事・法事・接待・宴会といった用途に使用できます。
かに本家岡崎店の閉店について

岡崎で「ちょっと特別な外食」と聞いて、すぐに思い浮かぶ店のひとつが札幌かに本家 岡崎店ではないでしょうか。
家族の節目、親族の集まり、法事、接待、少し背筋が伸びる会食。そうした“日常より一段上の時間”を受け止めてきた店には、単なる飲食店以上の役割があります。
かにを食べるために行く店であると同時に、人生の大事な場面を預ける店でもありました。
その意味で、かに本家岡崎店は、料理店でありながら地域の記憶装置のような存在だったといえるでしょう。
そして2026年、公式には岡崎店が2026年5月31日をもって閉店すると案内されています。
1980年8月のオープンから数えると、実に長い年月を岡崎の街とともに歩んできたことになります。
「動くかに看板」は、なぜこんなにも人の記憶に残るのか
かに道楽(に本家)を語る上で欠かせないのが、やはり動くかに看板です。かに道楽の歴史では、1962年の道頓堀店オープン時に白地に赤い日の丸をイメージした動く大きなかに看板が全国から脚光を浴びたとあります。一方で札幌かに本家の創業者紹介には、その動くかにの看板を自ら考案したと明記されています。ここに、二つのブランドが共有する視覚文化の源泉が見えてきます。
飲食店の看板は本来、ただの目印です。けれど、このかに看板は目印以上の役割を持ちました。子どもは見て楽しい。大人はすぐに店を認識できる。観光客は写真を撮りたくなる。地域住民には「待ち合わせ場所」にもなる。つまり看板そのものが、広告・観光資源・記憶装置・街のランドマークの機能を同時に果たしていたのです。これほど成功した飲食シンボルは、日本の外食史の中でもかなり稀です。

昔は動いていた。
岡崎店についても、料理を食べたことがない人でも「大きなかにの看板の店」として認識していた可能性は高いでしょう。行ったことのある人にとっては思い出の入口であり、行ったことのない人にとっても街の風景の一部である。だから閉店のニュースが出たとき、利用経験の有無にかかわらず惜しむ声が生まれやすいのです。
かに道楽と札幌かに本家は何が違うのか

多くの人が一度は感じたことがあるはずです。「かに道楽とかに本家って、何が違うの?」 と。巨大な動くかに看板、かにすき、会席、和の空間。共通点が多いからこそ、違いが見えにくい。しかし歴史を追うと、この二つは“まったく無関係な別物”ではなく、かといって“現在同じ会社”でもない、非常に面白い関係にあります。
かに道楽とは
まずかに道楽は、1960年2月11日に創業店舗「千石船」を開き、1961年に看板料理「かにすき」が大評判となったことをきっかけに繁盛店となり、1962年2月1日に大阪・道頓堀で「かに道楽(現・道頓堀本店)」をオープンしました。ここで有名な動く大きなかに看板が道頓堀のシンボルになっていきます。つまり、かに道楽は大阪発祥のブランドとして全国的な知名度を築いていった存在です。
札幌かに本家とは
一方で札幌かに本家の創業者紹介には、創業者が昭和35年に大阪でかに道楽の創業に加わり、昭和42年に名古屋へ進出、その後独立して株式会社名古屋かに道楽、株式会社札幌かに本家を設立したと明記されています。
つまり、かに本家の源流には、かに道楽創業への関与と名古屋進出があるのです。
このため両者には共通する文化的DNAがあり、巨大なかに看板というシンボルも断絶ではなく連続の中で理解したほうが自然です。
違いのまとめ
違いを一言で言えば、かに道楽は大阪発の本流ブランドとして発展し、札幌かに本家は名古屋発の系譜を持ちながら独自の会社・独自のブランドとして展開してきた、ということになります。
似ているのは偶然ではなく、起点に接点があるから。けれど、現在はそれぞれ別の企業として、それぞれの地域戦略とブランド運営を行っています。
| かに道楽 | 札幌かに本家 (名古屋かに道楽) |
|---|---|
| 1960年に大阪・道頓堀で創業 | 1967年の名古屋住吉店 |
| 大阪・兵庫・京都・奈良・和歌山・東京・神奈川・千葉・岡山・広島・愛媛 | 北海道や東海を軸に九州や東北 |
| 全国直営40店舗 | 全国14店舗 |
| かにの網元など | 寿司本家など |
「名古屋かに道楽」が「札幌かに本家」へ
札幌かに本家の沿革を眺めると、店舗展開だけでなく、社名変更、店名変更、合併、新業態、閉店と移転が細かく重なっています。
1982年に株式会社かに本家を設立し、1984年に株式会社札幌かに本家へ社名変更。
1985年には札幌へ進出。
1990〜1991年には各地の店舗名を「札幌かに本家」へ統一。
2002年には株式会社名古屋かに道楽と株式会社札幌かに本家が合併しています。
没知ひいろ気付いたら「かに道楽」から「かに本家」へ名前が変わっていました。
いまでも多くの岡崎市民が「かに道楽」と呼んでいます(笑)
さらに1998年以降には「寿司本家」も展開し、1999年には複数の寿司本家店舗を開いています。これは“かに料理一筋”の本体イメージを持ちながらも、同時に別の外食ニーズにも手を広げていたことを示します。専門店のブランドを守りつつ、周辺需要を取り込もうとする判断です。
その一方で、2010年代以降には閉店の記録も複数見られます。
2017年に旭川駅前店と寿司本家静岡駅前店が閉店、2018年に静岡駅前店が閉店、そして2026年には岡崎店が閉店。
この流れからは、単純な拡大ではなく、地域ごとの採算性や役割を見直しながら選択と集中を進めてきたことがうかがえます。老舗ブランドの変化とは、増やすことだけではなく、守るために減らすことも含むのです。
2025年の東海開発株式会社との合併・社名変更も、その延長にある大きな節目です。外から見ると名前は同じでも、中では企業体制が組み替えられている。こうした変化は利用者から見えにくいですが、ブランドを次の時代へつなぐための構造調整として重要です。岡崎店はその大きな企業再編の直後に閉店することになったため、ひとつの時代の節目を象徴する店舗にもなりました。
札幌かに本家岡崎店が惜しまれる理由
理由はシンプルです。長かったからです。しかし、ただ長いだけではありません。長い時間の中で、多くの人の人生の節目に関わってきたからです。1980年開業ということは、親世代どころか祖父母世代から利用されていても不思議ではありません。家族の年表の中に入り込んだ店は、閉店すると単なる一店舗以上の喪失感を生みます。
もう一つは、代替が難しいからです。もちろん、かに料理を出す店は他にもあります。しかし、「個室があり、広間があり、慶事にも法事にも使え、街の人が名前を知っていて、ここなら失礼がないと感じられる店」はそう多くありません。こうした“役割の総合点”が高い店ほど、閉店時の穴は大きくなります。
そして最後に、象徴性が強いからです。大きなかに看板を持つ店は、店名そのものが風景になります。人は味の記憶だけでなく、見た目の記憶で街を覚えています。岡崎店が閉じることは、岡崎の会食文化の一部が静かに幕を下ろすことでもある。そう考えると、この閉店は数字で測れない種類のニュースだと分かります。


